あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。何でも面白がって笑ってやろうぜ!

おしゃれを捨てたらおしゃれになった?!

私は、いつからか 気がついたら、ファッションコンプレックスがとても強くて、

おしゃれか 

イケてるか

それとも 否か

 

 

そんなことばかりを考えてばかりいた時代があった。

 

 

じゃあ、自分はイケてたのか?というと、今思えば、別に大したことなくて、

その頃の私は、

他人へのジャッジ か~ら~の~ 自分を守りたいがための 他人批判

それに共感してくれる友人を周りに置いて、

そんなくだらないことに時間を割いていた。

 

 

 

 

おしゃれだって言われたい!

 

 

 

そんなことを求めていたように思う。

 

 

まだブログを始める前のこと、よく目についた、sns上でのアウトフィット投稿。

 

 

「えー、こんな変な服にこんなに共感を得るの?よくも堂々と写真とか上げてるよね。」とか、よく批判してたな。

 

今思えば、すっごく羨ましかったことの裏返しだったのがよくわかる。

 

 

でも、私がブログを始めて、自分の考えを発信したり、それに伴って、様々な考え方に触れ、そして実際に自分のアウトフィットを投稿してみて、いろいろと考え方が変わっていった。

 

 

 

 

他人に「おしゃれだね」と言われなくても、

「それどこの?」と 誰にも聞かれなくても、

私は自分の好きな服を着て、それが自分ではとても気に入っているのなら、

それだけでいいじゃないか。

 

 

 

そして行き着いた考えはこうだ。

 

 

 

「おしゃれだと思われなくてもいいや。」

 

 

 

もう他人から「おしゃれだね。」と認めてもらう自分は諦めた。

でも、変わらず洋服は大好きだし、私は私の好きなものを身につけて生きていくことには何の変わりもない。

別に、私が「素敵」と思っていれば、十分な話だ。

 

 

 

 

ちょうどその頃、起業塾に入ったりで、いろんな人に会う機会が増えた。

 

 

 

そうしたらこんなことを言われるようになった。

 

 

 

「あやさんはスタイリッシュ」

 

 

 

なぬ?

 

 

 

最初は、びっくりした。

でも、違うところえ何人にも言われた。

 

 

そして、さらに、

おしゃれだと言われることを諦め、イケてるイケてないとかいちいちこだわらなくなったら、今度はなぜか洋服を見に行くと、お店の店員さんに「どこの服ですか?:」と逆に聞かれるようになった。

 

 

 

 

そして、最近では、

「パリとかにいそうな、ファッションの人みたい。」「纏ってる空気感が外違う。」と、

なぜか「パリ」限定でw 全く交わることもないような違う場所で、どっちも違う服装だったのに、それぞれの人たちに同じようなことを言われて、びっくりした。

 

 

 

おしゃれさんと思われることを捨てたら、おしゃれだと言われるようになったのだ。

 

 

 

で、どうしてかな~、と考えてみて、こういう考えに至った。

 

 

 

 

「おしゃれだと思われたい」と願っていた時は、意識は完全に外側、他人に向けられていたんだよね。

 

人の目 を意識している。

 

 

 

 

でも、「おしゃれだと言われることを諦める。でも相変わらず自分がおしゃれで素敵だと思うものだけ身にまとう。」

 

これは、完全に自分に向けてだけの意識だよね。

 

 

 

他人の評価を求めている時って、意識は常に自分の外側にある。

でも、それを捨てた時、

また意識は自分のことだけを、自分の内側だけを気にするようになる。

 

 

 

最近よく、外側の意識、内側の意識、という言葉を耳にするんだけど、まさにこれのことだな、と納得した。

 

 

 

そして、ここから大事で、これからの時代、

意識を外側に向けるか、内側に向けるかで、たどり着く人生が変わってくる。

 

 

大事なのは、自分の内側に意識を向けること。

自分自身と調和していくことが何よりも最優先事項。

 

私は何を感じているのか、

私はどうしたいのか、

私は何を望むのか、

 

 

ここに正直になっていくことが大事。

 

 

 

「どう思われるか」 そんな考えは少しずつ手放して、

もっともっと「私はどうしたいか」に意識して日常を送りたいね。