あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。何でも面白がって笑ってやろうぜ!

良い報告・悪い報告

知らず知らずのうちに

自分に条件をつけてしまっっていることはない?

 

 

 

私は、こういうことをしているから、よくこういうことを言われるのだけど、

「あやさんに良い報告ができるように頑張ります。」って。

 

私にできるような良い報告って、結婚 ってことだと思うのだけど

 

最近、この「良い報告」って、なんか自分に条件つけてるような、そんな気がしてさ

(これ言う人自身が自分に、ってこと)

 

 

報告に、良い とか 悪い とか、ジャッジするってのもどうなんだろう、って思えてきて。

 

 

 

たとえば、「良い報告=結婚」とか、

 

それって、「結婚がまだできていない」=悪いこと、

 

みたいじゃない?

 

 

そんなんことない?

 

 

 

 

考えすぎかもしれないけど、

ってことは、

 

 

結婚ができてない自分=ダメ みたいに、心のどこかで思っていて、

知らないうちにそんな自分を責めたりしてるとかさ、、

 

 

 

そんなの全く、自分に優しくないよね。

 

 

 

 

もちろん結婚した!って幸せそうに報告されたら、それは嬉しいけど、

 

結婚はまだしてないけど、日々普通に過ごしてる ってことも、私にとっては「良い報告」でさ。

 

 

 

たとえば、この前のお見合いではこんなことしてみました。とか、

 

仕事でこんなことやってみました。とか、

 

 

他人には取るに足らないことかもしれないけど、

 

自分にしかわからない「挑戦」ってあるじゃない。

そしてそれをやった時に味わう幸せな気持ち、とか。

 

 

そういうのだって、十分に「良い報告」だったり、はたまた気づきがあったりとかさ。

 

ま、気づきだって、なくたって構わないのだけど、

 

 

何が言いたいのかというと、

 

 

「良い報告」とか、

 

 

物事に、勝手に「良い」「悪い」と決めてしまうと、

 

それができない自分を、知らない間に傷つけてしまうかもよ。ってことが言いたかっただけ。

 

 

 

いつも通りまとまってないけど、

雰囲気伝わったかな?

 

 

 

良いも悪いもなく、

ただそこに事実があるだけで、

そのことに意味づけするのは、自分自身だってことだよね。

 

 

私に「良い報告」とか要らないから、

日々、自分に優し接して、

あなたにとって、1分1秒、少しでも、「心地いい時間」自分い優しくする時間を過ごせるようになってくれたら、いいな。

と思う今日この頃でした。

 

 

 

それではおやすみ。