あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。何でも面白がって笑ってやろうぜ!

自分の制限

はいはいにおすわりに、日に日にできることが増えて嬉しい一方、毎日目が離せない!

 

日々、できないことをできることにする挑戦をし続ける赤ちゃんは、本当にすごい!

 

 

 

赤ちゃんって、自分にできないことがわかってない。

と言うより、「できない、と思ってない。」

 

 

大人から見たら当たり前かもしれないことが、産まれた時には全くできなくて、日々、いろんなことを習得していくのが生まれてから最初の3年なんだろうね。

 

 

そしてそんな日々チャレンジしている赤ちゃんに、

人間本来の姿を見るのだ。

 

 

 

 

例えば今は、匍匐前進の方が断然早く進めるのに、動きの遅いハイハイを必死に頑張っている。

 

でも、絶対に、自分はできると思ってるから、動きが遅かろうが何だろうが、チャレンジしてるのだろう。

 

 

赤ちゃんにはそもその「無理」という概念がないっぽい。

 

 

自分の体がすっぽり入りそうな、大きなもの(バックとか)に果敢に挑んで、倒したり、引っ張ったりするし、

 

大人から見て、おい、それは無理だろ!と思うことも、気にせず挑んでいく。

 

 

そして、1度でも何かに成功したら、完全に習得するまで、それを何度でも何度でも繰り返し行う。

 

例えば、

だいぶ前にできるようになったおすわりも、たまにしか自らお座りはしなかった。

なのに、本日は朝から、暇さえあれば、自分でおすわりしてて、たまに倒れて泣くんだけど、諦めずしていて、とうとう気がつけば、自分の両手で支えることなしに、おすわりできるようになっていた。

 

 

おすわりしては、こっちを振り向き、ニヤ。っとするw

嬉しんだろね

 

 

そんな時私は「この天才ちゃん!おすわりできてよかったね!」って言うw

 

 

 

 

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話は飛ぶけど、以前電車の中で高校生?か中学生?が話していた会話を思い出した。

 

「私スタイリストになりたいんだけど、諦めたんだ。」

「なんで?」

「あー、調べてわかったんだけど、私はなりたくても条件的に無理だってわかったから。」

 

オーーーイ!その歳で無理とか本当に、ないからーーー。と隣で聞いてて思った。

 

 

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生まれたばかりの頃は、

自分ができる力、できることのすべてを駆使してでも、

「したい!」ってことすべてにチャレンジする。

 

そこに「不可能」の文字はなく、

自分の「したい」だけで生きている。

 

 

でも、成長していく過程で、

大人(もっぱら親だろうけど)から

「それはあなたには無理だからやめなさい。」とか、

「あなたにはまだ早い」とか

「まだあなたにはできない」なーんて言われ始めて、

 

生まれた時に持ち合わせていた、何にでも挑戦する心をすっかり奪われて、

大人になってしまうんだろうな。

 

 

本当はできるのに、

育っていく過程で、勝手に、自分に「限界」を作って、自分の力を制限してまう。

 

 

電車の中であった女子中(高)生のように10代でも「私には無理だか」と思い込んで「諦めて」しまうのだろうな、と。

 

 

 

 

本来、私たちを制限するものなどはなく、

本当は自由で、何でもできる存在なんだな。。と、5ヶ月になる子供を見て思ったのだ。

 

 

 

子供は確かに、希望の光で、無限の可能性を秘めている!とお腹の中にいた時に思ったけど、

それは、私たち大人の今現在も同じことなんだ、と思う。

 

 

親から制限された本来の可能性は、自分が制限するのをやめれば本来の姿に戻るんだろうな。

 

結局は、全部思い込みなんだな。