あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

幸せに生きるということ

幸せに生きるということ

 


ここのところ、子供に触れる機会が多い。
先々週は祖父の誕生日にいとこの子供たちが来て、
先週の3連休には弟の子供、先週は友人の子供2人がやってきた。

皆、3歳〜5歳。
感覚だけで生きてるような子達を見て、教えられたこと。


それは、
子供は目の前にあるものの中で、目一杯楽しむ、という姿。


「足るを知る」ことは幸せの一歩というけれど、
子供は、無いものに目を向けていない。


「今」にしか意識がない!
目の前のものだけで、ものすごく幸せに生きている!
ずーっと笑顔!


まさに全力投球で、全身を使って楽しんで遊んでる。
あの小さな体で、人生を謳歌している!


ものすごく楽しそうに、
目をキラキラさせて、
目の前にあるもの、
目に入るものを全身で喜ぶ!

 

公園に行けば「広いねー」って嬉しそうだし、
カルガモを見れば「僕の好きなカルガモだ!」って喜んで池まで走るし、
電車が通れば全身でジャンプしながら「電車きたー」って全身で喜ぶし、
広い祖父の家に行けば「走る時間だー」って言って汗だくになりながら走ってるし、
玄関先に出て「道路に出ないでね」と言えば、
玄関先にある階段を登ったり降りたりしながら、体を永遠と動かす。


不満など言う暇も、見つける暇もなく、
ただただ今できる遊びを即座に見つけ、自分のしたいように全身でやり切る。


顔は笑顔で溢れていて、こちらまで見ていて楽しい。

全力で生きているその姿を見ていると、こちらまで幸せになる。


私たちもかつてはこうだったんだろうけど、
大人になっていつのまにか忘れてしまったんだな〜。

大人になると、
文句を言ったり、
不満を見つけてみたり、
足りない足りないと、
常に「他」を見ては迷ったりさがしたり。

 

 


この前読んだ103歳の画家の方々書いた本に、こんなことが書いてあった。


「どのように生きたら幸福なのか「黄金の法則」はないのでしょうか。

自分の心が決める以外に方法はないと思います。


この程度でちょうど良いと、自分の心が思えることが1番いいと思います。
ちょうど良いと思える程度は百人いたら百人違います。


私はまだ足りないと思う人は、いくらあっても足りません。そういう人はいくら富を手にしても、お金持ちになった甲斐はありません。
愛情を充分に与えられても、愛されていると自覚しません。
まだまだ足りないと思っているのですから。


これくらいが自分の人生にちょうどよかったかもしれないと、満足することのできる人が、幸せになれるのだろうと思います。」

 

子供の場合は「ちょうどよかった」と思わずとも、
今あるものを楽しみ、面白がり、満足して、絶えず笑顔のまま、瞬間瞬間を生きてる。


まさに、幸せに生きるためのヒントをたくさん教えてくれる、人生を楽しむ師匠だな。


って話でした。

 

 

 

 

 

一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い

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