あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

母親との関係と婚活 vol.2 〜自主性と主体性

昨日の続き。

 


なぜ昨日あんな事を書いたのかというと、
私も例に紛れず、過干渉の親の元、育ったから。


超過干渉の親に、完全に自主性を奪われて私は育ったと、自負している。


そしてまた、私の母親も過干渉の母親(私の祖母だね)の元、管理されながら、私の何十倍も強烈な支配の元、育った。

洋服のひとつから選ばせてもらえないような、こだわりと信念の強い祖母に育てられた。


(もちろん、他のいい面もたくさんあるよ。でも「過干渉」という観点からすると、全く良いことじゃない!)

 


そして、それは、60歳になろうが70歳になろうが、その時に強く支配されたまま育つと、自分で自分に変革を起こさない限り、変わらないままなんだというのを、実際に母や叔母をみてものすごく感じるのだ。

 

 

昨日も書いたように、それの何がいけないのかというと、
過干渉の親の元で育つと、自主性や主体性が育たなくなってしまうんだよね。


認めてくれない。
ありのままの自分を受容してくれない。
親の求める「あるべき子供の姿」を強要させられ、できないと、否定される。


(辛いよね〜。)

 

自主性とは、自分で、考えて最後までやり抜く力。
主体性とは、他人に左右されずに信念を貫くこと。


主体性がないと、自分の人生を切り開く力もなくなるし、自立もできない。
生きる力自体が弱くなる。

 

 

かくいう私もかつては、そうだった。
どちらかといえば、無気力だし、別にどっちでも〜、って感じだし、なにか自分でこうしよう!とか思うわけでもなく、まったく意志の強い子じゃなかった。なんとなく親の言われたことをして、って感じで。

 


それに、習い事とか「やりたい」と言ったことははやらせてもらえなかったけど、
親が「やりなさい」と言うことは、私のやりたくないことで、そのことをしないと怒られたり、
今思うと理不尽極まりない。

やる気を根こそぎ取られちゃうよね。

 


今思うと、母親なりの愛情表現だったのだろうけど、夏休みの宿題とか、工作とかはなぜか、やってくれてたもんね。
恥かかせたくないから、「やらせなかった」と母親が思われたくから、ってだけで、
子供に考えたり、想像して創造する余地を全く与えない。今思うと、全く子供のためにならないよね。

 

 

1番大切な時に、なにが必要かを伝えることもせず、子供にどうすべきかを考えさせることもせず、そして実行させることもしない。

そりゃ、消極的にもなっていく。

うまくいかなかったり、失敗したら、初めてそこにサポートをする。
それでもできなければそこから親が手を貸す、くらいでいいよね。

 


行動の自立なくして精神の自立は成り立たないだろうし
その逆もまた、然り。

 


恥をかく経験とか、失敗の経験を積まないと、子供は学びがなくなる。
成長できなくなる。
自分からは何もできない大人になっちゃうよね。

 

 


ただ、幸い、過干渉だけれどもひとつだけよかったことは、母は誰とも私を比べずに育ててくれたことだと思う。


では、私は過干渉の母親の元で育ったけど、どうやってそれを打破できた(完全にできてるかどうかは分からないけど、かつてよりは、ね。)のかというと、反抗心が強かったせいもあると思う。

 


親がやってはダメ、と言うことは、片っ端からとことんやってやろう!あんたの言うことが正しくないことを証明してやる!と、ずーっと思ってたから。
いつかあいつらのことをギャフンと言わしてやろう!と、本当に子供ながらに思っていた。

 


そして、小4の時に「海外に行きたい!」と思ったのも、そんな窮屈な支配に疲れて、その状況から抜け出すために、思いついたんだと思う。

 


そして、そんな私が自分でもとても「変わった」と自覚している体験はやはり、16歳の時にデンマークに1年間留学したこと。
(こういうことは行かせてくれた親には、本当に感謝してるんだよ。)

 

 


衝撃だらけだった。

 

 


日本にいたときの親子関係は、親の後ろを歩いている、というイメージを持っていたのだけど、
デンマークの親子関係は、
子供が歩いているのを、親が陰から黙って見ていて、必要なら手を差し伸べる、というイメージだった。

 


最初は超戸惑ったよ。

 


だって、お金の管理から買い物まで全て全部自分で決めなきゃいけない。
当時は国際電話なんて高すぎてできないし、ファックスとかもあまりなかったし、ましてやメールなんてある時代じゃなかったしね。

 


異国の地で丸一年間、1人で行動して1人で決めたの。
全ての責任者は紛れもなく「私」なんだ、って、人生で初めて感じた。

 


誰のせいにもできないの。

 


ぜーんぶワタシゴトなんだって、思った。

 


そして、日本の教育と真逆をいくデンマークという国に行ったのも大きかったんだと思う。

 


この世には、
正しい、間違い、もなく、
やっていい、悪い、もなく、
それすらも、自分次第で決めていいんだ、ってことが分かったから。

 


これは本当に、私の人生で今までの常識がガラガラと崩れ、それまでのことを覆すくらいの大革命的思考を手にした瞬間だった。

 


そして、私はそこに、「自由」を見たんだよね。

 


「自由」とは、好き勝手することなのではない。

「自由」とら、自分で全ての責任を負うことなんだ、って。

 


全ての言動の責任を自分で引き受ける=自由 なんだ、と。

 


そしてこうも思った。
やっぱり母親の言っていたことは、この世の全てじゃない。
この世の中のひとつの見方に過ぎない、と。
でも、その母親ですら、それらを信じて生きてきているから子供にそれを教え従わせようするけど、それにそぐわないからと言って、なんの問題もないのだと。

 

 

 

 


そしたらね、ちょっと前に読んだ子供の成長の本に、こんなことが書いてあった。(簡略化してるけど)


いつも親や先生が決め、命令されて動く習慣がついた子どもは「自分で考えなさい」とか「自分で決めなさい」と言われると戸惑う。


生涯を通じて主体的な成長、発達を続けていくために大切なことは、自ら学び取る能力や主体的に学ぶ態度を自分の内に持っていることだ。


いつも親や先生の命令で動いていた子どもは、自分で選ぶ力や主体的に活動する態度が全く育たない。


言われたことはきちんとできても、言われるまでは気がつかないか、言われたことしかしない
いつも命令されて動く習慣がついてしまったから。


「自分が変わる」経験をした人だけが、主体的に学ぶ態度を現す。
変わった後にこそ、積極的に難しいことに挑戦したり、主体的に学ぶ態度を表し始める。


変わる=正常化と呼ぶ


自己教育力の育成 の本当の意味は 人格の深みで実感された「自分が変わる!」という体験を原点として出てくる力。

 

自分で選び(自由選択)
選んだものに主体的に関わり
全人格をかけて関わり抜き(集中)
自分のより本来的な高い資質を実現していく(正常化)


以上

 

 

これは乳幼児、幼稚園児のための本からなんだけどね、
私は運良く「自分が変わる」経験を遅ればせながら16歳から17歳になる時に体験(体感)したんだよね。

そこから、徐々に「私」を取り戻し始めたんだと思う。もちろん今でも「私」を取り戻すために試行錯誤を続けている。

  

 


この本を読んで、妙に納得したと同時に、母親との関係性の深さ、そして、生きてく上で自主性と主体性の大切さをさらに実感したのだよ。

 

 

(日本の親と子供との関わり自体が、
子供は親に従うもの。

子供は親の管理と支配下に置くもの。
上から下に抑えつける、という性質もあると思う。

学校の教育とかもそうだしね!

自発的に動く よりも  指示して〝動かせる”教育だよね。)

 

 


元々の気質がとっても大人しくて穏やかで優しく、気の良いままの方々がきっと、母親の過干渉から抜け出せずにいるのではないかと、思う。
優しくて、母親への愛がたくさんあるからこそ、だよね。

 

 

 

でも、あなたの人生を再構築したいと本気で望んでいるのならば、変わりたい、と少しでも感じているのならば、やるのは今しか、ない!

 


このブログを見かけたこと自体、きっとあなたに必要だからなんだと、思う。

 


さらに輝くために、
もっと人生を楽しむために、
自主性と主体性は、必要不可欠。

 

 

私たちは「大人」。
なんでも自分でできるようになっている。
あとは、意欲と意志の問題だけだよ!

 

 

子供の頃は親の管理下、支配の元に生きるしか方法がなかったけど、もう抜け出して、言うことなんか聞かなくてもいい。

私たち大人は、自らを「再教育」できるという特権を持っているんだもん!

 


確かアドラーも、『私たち人間は、自ら「変わる」と決めて努力するならば、死ぬ2日前まで変わることは可能だ!』とか、言ってたよ。

 

だから、可能!可能!

 

恋愛も、婚活も、結婚も、母親との関係、あなたの在り方、すべて、お茶の子さいさい。

 

 

母親から解放されて、あなたの人生を、「あなたの自身」を取り戻そう!

 

 

あなたが母親から、自立した時、
そこには広い世界が待っている。
そして、母親の愛情も前より感じることができ、自分も素直に母親を愛せるようになっているよ。

 


とにかくすべて、自分で考えて最後までやり抜く。
他人に左右されずに信念を貫く。

 

 

こんなの楽勝、楽勝!って、つぶやきながら、あなたにしか生きられないオリジナリティ溢れる人生を、創りあげていくんだ!

 

 

 

 

 

 

昨日今日と、記事、長いよね 笑
明日はもっと、さっぱりあっさりした記事にするよう心がけよう〜。
できるかな?


ではではまた明日〜!!

 


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