あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

【久松あやができるまで】32~36歳・実家暮らし編/どこにいても私の存在は変わらない

日本に帰ってきたものの、思っているような仕事がなかなか見つからず、私は今まで絶対に避けてきたことをする。

 

そう、それは、祖父に仕事を頼む。ということだった。

 

 

【久松あやができるまで】前回までのお話

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★ 高校生2年生・留学先決定編!

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短大生編・衝撃的な人々・P子編 

短大生編・衝撃的な人々・W美編 

専門学校編・自信のない私 

初めての社会人編 

 25歳・進路迷い時期編  

26歳・ドキドキのフランス生活・初日 

26歳・フランスで出逢った衝撃的な人々  

27歳・フランスで起きた親にもまだ言えてない衝撃な事件。

27~28歳・フランス編・人生が大きく動き出した時

28歳・フランス編・初めて自分の成長を感じた日

29~31歳・ベルギー編・頂点からどん底へ。

32歳・ベルギー編・結局私に残ったものは。

【もはや伝説】28~32歳・ベルギーであった、こんなこと。

32~36歳・実家暮らし編/どこにいても私の存在は変わらない←今ココ!

 

 

私は、コネクションを使うとか絶対にしたくないと、昔は頑なに思っていた。

20代の時の就職で、有名な靴の問屋に祖母の知り合いがいて、紹介の話も出ていたのだが、私はそんなの使いたくない!と全てはねのけていた。

 

だって、そんなダサいことは、やだ。と思っていたから。

 

しかし、年齢とともにこう思うようになった。

使えるものは、使っても良いのではないか。

一体何をそんなに私は嫌がっていたのだろう。

 

 

 

そして、地元でここなら働いてもいいな。と思ったところがあったので祖父にお願いしてみた。

そしたら、あっさり私はそこで臨時職員として働くことになった。

本当は「美術」で働きたかったのだが、空きがないということで私は「音楽」部門に配置された。

 

 

正直、働き出したところは、すごく暗い雰囲気を感じ、私はすぐに辞めよう。と思った。

だからこそ、思ったことをバシバシ言っていた。

皆が放置しているような仕事も進んでやったりしていた。

 

誰も挨拶もしない職場ホント暗い。

そんな中、私は毎日、挨拶をし続けた。

 

職場にいたくなくて早く帰りたいから、人に仕事をガンガン頼むようになった。

仕事が終わったらとっとと帰る。を徹底していた。

 

そんな、さもしたら身勝手な行動が、、

なぜか信用されるようになってしまったのだ。

なんなら「久松さんが来てから風通しが良くなった!」と言われるほどに。

 

 

すごくのんびりとした職場だった。

この時に「グラフィックの仕事もできるように。」と元々は事務で入ったのに、

お金を貯めて最初にMacのパソコンを自宅に買った。

いつ、グラフィックの仕事を依頼されても良いように、と思ったから。

そして、その通りに仕事を依頼されるチャンスが来て、職場でも私用にmacを買ってもらうことにまでなる。

 

 この時から、「思っていればその通りになるんだな」ということを体感していた。

このころは引き寄せの法則の存在すら知らなかったけど、体感として確信し始めていた。

 

 

 

そのうち「久松さんのような人がこの部門に来るのは初めて」とか、

「なんでこんなところで働いているの?」とか、言われ始める。

 

 

これは、ベルギーで「日本人だったの?」って人に言われ続けたのと同じことが起きてる。と思った。

別に何かしてるわけじゃないのに、そいう言われるのが不思議だった。

でも、これはいつもそういうことを言われ続けてきてたから、慣れっこだったし、「また言われてるな。」という感覚でしかなかった。

 

 

そして、私がベルギーをまさかの中退して帰国する時に「leaving party」を開いた時も、普段パーティーに行かないような人が来てる!って皆が言うくらいホント色んな人が来てくれた。

 

そして、私が前職を辞める時も、実に各部署から人が来てくれて、辞める最後の日には他の部署の女の子たちからプレゼント貰ったりして(前の人が辞める時はそんな光景なかったから)、「久松さんが来てから部署同士の壁がなくなって仕事がやりやすくなりました。」と感謝された。

 

 

そう。

どこにいても、私の存在は変わらないんだよね。

 

どこにいても一緒なんだ。

 

というか、そう在るしかできないのだ。

 

 

何もない。

何かある。

なんてことはただの幻想に過ぎず、私はもともと何もないし、そしてこれからもだからこそ全て持っている。

そう。私は私であり続けることに価値があるのだ!

というか、それしかできないのだ。

 

 

 

 

 

 

そしていろいろな国に住んできたからこそ、わかったこと。

 

 でさ、結局、私、色んな国に住んで、何もしてないじゃない?

学校も中途半端。何してきたのよ?

何が言いたかったわけ?何か得たわけ?って思うわけよ。

 

私はが海外に憧れてたのは、いつも居場所はここじゃない。って思っていて、

海外だったら、自分の居場所があると思っていたの。

 

いつもそうやって、自分の置かれた現実を見ずに、違う世界。違う世界。を求めていたと思う。

いつも、不満だらけだったし、自分のこともあまり好きにもなれないし、何かにならなきゃいけないような気がしていた。

 

わかっていたのは「今の状態じゃない何か。」を求めていた。ってこと。

でも、自分の世界で「ここ頂点かも」ってことに触れてみてわかったことがあったのだ。

 

 

それはどの国、どの憧れの環境に行っても、

「平凡な毎日」はやってくるということ。

それは絶対に、1000パーセントやってくる。

 

 

だから「今この状況は嫌だ。」と思い、違う環境に身を置いても、

楽しもう。とする心のない人は、何をしても楽しめない毎日しかこない。

 

 

どんな状況でも楽しめない人は、

いくら環境が変わったって、何も楽しめない。

だって、今までの現実もそうやって生きてきたのだから、つまらないものはつまらないんだよ。

 

 

あやさんはそんな色んな国に行けたのはその経済的余裕があったからでしょ?と思う人もいるかもしれない。

でも、それが幻想なんだよ。

経済的自由があっても、行かない人は行かないの。

経済的に余裕がなくても行く人は行くの。

 

パリなんて、半分は移民で出稼ぎの街。

華やかな世界だけじゃなく、世界中のお金に困った人もたくさん集まる街なの。

 

初めて旅行で訪れた時、そこの面だけが最初に目に付いて、パリがとても汚く、すさんだ街に見えた(マジで)。

でも、フランスに住むうちに「楽しもう」って心がムクムクと湧いてきて、良い面を見よう、楽しもう。と思うようになった。そうなった後のパリは、とっても楽しい街。

 

これってね、人生も一緒でしょ?

 

どの面を見てるかで、同じもので、全く違って見えるんだよね。

 

ということは、

どこにいいても何をしてても、楽しい人の人生は楽しい幸せな人の人生は幸せなのだ。

 

それは、「楽しい」から、楽しいのではなく、

それは、「幸せ」だから、幸せなのではなく、

いつも瞬間瞬間を、「楽しむ努力をしている」から、楽しい人生になるのだ。

いつも瞬間瞬間に、「幸せを感じている。」から幸せな人生になるのだ。

そして「楽しい」瞬間の積み重ねが、「楽しい人生」になる。

そして「幸せな」瞬間の積み重ねが、「幸せな人生」になる。

ただそれだけのこと。

 

 

 

そして、それが生きる力、強さなんだと思う。

 

 

誰と結婚しようが、どこで働こうと、何が起きようが。

一般的にはネガティブとも捉えられる状況から、どう「自分都合」に現実を変換していけるのか。

闇を、光に変える、ひっくり返す力を持っていないと

何をしてても不満だらけ、つまらない毎日に、不幸な人生になってしまうと思う。

 

だって、それは、

自分の感じ取るものの優先が「不満」側に向いていたら、その裏にある幸せを感じない。楽しさを感じられないから。

 

 

条件や環境など(外側)に依存しても、あなたの世界、感じる心(内側)は決して変わらない。ってことだ。

 

 

 

どこにいても、誰といても、私は私であり、

私の存在、

私が感じること、

私の喜ぶ心、

私の楽しい心、

私の悲しい心、または怒りの心は

地球上をまたにかけても変わらない。のである。

 

 

それはきっと宇宙に行ったって一緒のこと。

 

そして、そのことに気がつくと、

人生ってどの瞬間も自分次第で、最高に楽しいものとなる。

だって、自分で作り出すものだから。

 

「私の心が焦点を当てるもの次第」で幸せにも不幸にもどっちにも簡単になれるから。

 

 

だからこそ、

私はどうしたら楽しいんだろう。

私は何がしたいんだろう。

私はどうすれば喜ぶんだろう。 

 

私はいつも「私が喜ぶこと。」「私が楽しいこと」に焦点を当てて生きていく。 

 

 

今日も私は私でい続け、私の人生を、

私の目を通して見える、感じる、この地球を、喜びと楽しさを選択し、ともに存分に味わうのである。

 

 

 

 

「自分であり続けることこそが、最大の使命」 

 

そして、ブログや最近の気づきなどを通して、私が至ったのがここである。

 

それこそが、この世に生を受けたモノの使命だと、私は本気で思っている。

 

 

 

私は私に生まれて本当に愛おしい。

 

私の人生が愛おしい。

 

 

これからも最大限にバカをやりながら、私は私を楽しみ尽くすのだ!

 

 

 

 

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私のストーリーは一旦ここで終わり!

 

最後まで読んでくれた方、ありがとう!

 

気が向けば、つづく。。。。カモ?

 

 

 

 

 

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