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あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

【久松あやができるまで】26歳・フランスで出逢った衝撃的な人々

人生は、様々な人との出会いによって、自分の価値観が変化していくものだと思う。

ここでもまた、色々な人たちとの出会いがある。

 

 

【久松あやができるまで】前回までのお話

幼少期編

小学生編

★ 小学生後編

★  中学生編

★ 高校生1年生編

★ 高校生2年生・留学先決定編!

高校生・デンマーク編

高校生・留年

短大生編

短大生編・衝撃的な人々・P子編 

短大生編・衝撃的な人々・W美編 

専門学校編・自信のない私 

初めての社会人編 

 25歳・進路迷い時期編  

26歳・ドキドキのフランス生活・初日 

26歳・フランスで出逢った衝撃的な人々  ←今ココ!

27歳・親にもまだ言えてない衝撃な事件。

27~28歳・人生が大きく動き出した時

28歳・初めて自分の成長を感じた日

29~30歳・頂点からどん底へ。

32歳・結局私に残ったものは。

【もはや伝説】28~32歳・ベルギーでこんなこと言われてました!

32~36歳・実家暮らし編/どこにいても私の存在は変わらない

 

 

 

 

私は、2003年から、フランスの第2の都市リヨンという街に住むことにした。

この時留学は6月までの予定だった。

 

最初の1ヶ月間は、私立の語学学校で、その後2月からの3ヶ月間はリヨン大学付属の語学学校。

 

本当にリヨンには留学生が多く、特に南米人、続いて中国人、韓国人、ヨーロッパ、実に様々な人たちがいた。

 

そして私がステイした家族は、2人の息子さんもそれぞれ結婚して出て行って、部屋が余っているので、留学生を、ということだった。

私の他にパナマからの留学生もいた。

 

そして今までもいろんな人を迎え入れていたらしい。

 

私は何が何でもフランス語をペラペラになって帰れるように。と毎日勉強していた。

でも、ラテン系や英語圏の人から見たフランス語って、結局重要な単語とかが似ているので基本的な単語を覚えれば、ほとんど理解出来ると思う。

でも、日本語って、何もかすってなさすぎて、勉強をしてもしても知らないことは多々あった。

 

 

 

 

フランス生活も始めて、2、3か月経った頃。

 

ある日、ステイしてた先のマダムに、「外に遊びに行かないと上達しないわよ!」とやたら言われる時があった。

 

遊びに行きたくても、話せないしな。。的な思いのまま必死に勉強していた。おかげで超上達したのではあるが。

 

外に積極的に遊び、、と言っても、この頃、語学学校で知り合った日本人などはいたが、その人たちと一緒に知恵も日本人とつるんでてもしょうがないしな。って思ったのと、仲良かったアメリカ人の子は結婚していてリヨンの郊外に住んでいたし、なんか誘いづらい。

 

 

 

ある日、日本の時の遊び友達がロンドンに住み始めていて、リヨンまで遊びに来たので、barに一緒に行ってみた。

 

そこで、この時に一歳年下のあるフランス人青年Hに出会う。

 

フランス人青年Hに出会う

 

後々、親友のごとく仲良くなり、そしてたくさんフランス人の友達も紹介してもらい、私のフランス語の上達になくてはならない存在になるのだが。

 

 

私が、「私はフランスにいるのに、フランス人がいないから話し相手が欲しい。」と言ったら、「僕の周りはフランス人しかいないよ。」とか返されて 笑

 

ある日、彼らが住んでいるという、グルノーブル。という街に遊びに行った。

 

彼らは、「スクワット」に住んでた。

 

 

「スクワット」とは、日本ではありえないのだが、

いわゆるスクワット(不法占拠)して、空き家に勝手に若者たちが住んでいるという意味。

 

スイスあたりでもスクワットはとても多いらしく、パリだと有名なのがリボリ通りにある2軒だと思う。

(これを聞くまでそんな「不法占拠」なんて概念すらなかった。)

 

でも、電気代とかは皆で折半して払ってるっていうし、細かいところはよくわからないのだが。笑

 

 

 

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彼らはコミュニスト(共産党)の支持者であり、自分たちの生活も毎月お金を集めて3棟くらいの中に、私と同じ年くらいの20代の子たちが実に20人くらいは人が住んでいた。

(写真あるんだけど、実家におきっぱなしだ。そのうち加えたいね。)

 

 

その中には、アーティストもいれば、学校の先生もいるし実に様々で、この彼自身も仕事をしていない。

フランス人青年Hは自分自身が色盲であり、それを生かして白黒写真のカメラマンを趣味兼仕事として、していた。

 

「失業手当をもらってる。」と言ってて、ネットでyes、no って答えていけば、もらえるくらいの簡単なものらしく、そうやって生活してる若者は多いよ!とのことだった。

 (実際、私がパリで出会ったフランス人(皆40代近くね)の中には自称「アーティスト」がたくさんいて、皆、仕事してる風もないけど、それぞれ手当をもらって生きている。という印象だった。日本と違って、いかに楽するか。いかに楽しく好きなように暮らしているかが自慢であって、別に「働く」ことに重きを置いていないような印象を受けた。)

 

 

 

そして、このスクワットの中には、フェミニストの人たちも多く住んでいて、

初めてこんな、全身に毛が生えてる女性見た。ってくらい、手足、脇、毛を生やしっぱなしの女性もいたりと、衝撃の嵐。

女性であることを賛美しているが、世の中が求める女性らしさは一切放棄。みたいな位置で。

 

日本だと「フェミニスト」言っても、男性と結婚していたり、が多いが、

私がこの時に出会った人たちは、女性の権利を主張するフェミニストたちは皆、レズビアンの人だった。

 

日本で、夫婦別姓とか、男女平等。とか言ってても、まだまだレベルが違うな。と、この時思った。

弁護士でフェミニストのレズビアンの女性とか、見た目も超ワイルドで、本当に驚いたもんだ。

 

 

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私は、基本、何事も人の意見や生い立ちや趣味嗜好、物事を否定しない方である。

 

それが原因かどうかは知らないが、フランス人青年Hは後々、

私の眼の前で、徐々に「女性」へと転身していくのである。

(この頃から1年後くらいからホルモンを打ち始めるのである。)

 

そして、この彼から、フランス人的な「自由論」をたくさん教わった。

 

「一人の人と付き合うなんて、とてもクラシカルな考えであり、お互い他の人と付き合ったりする事は心苦しいしキツいこともあるが、新しい時代は自由なんだ!」って言ってた時は、本当カルチャーショックを受けた。

そこまでして自由を求めるって、どういうことだ。と 笑

 

 

そして、この彼は、出会って間もなかったこの時は女性になりたいけどどうしよう。って感じで、まだ迷っている頃だった。

(でも、姿は女性になりたいだけで、好きなのは女性。だから、ゲイとかでもない。女装家?)

 

6年前(2010年)に再びフランスを訪れた時に、彼はすっかり「女性」らしく(ってかおばさん)らしくなっていて、

その時もホームパーティに連れてってもらったが、彼が男性時代を知っていたのは、私だけで、皆彼を女性扱いしていた。Hと呼ぶのも私だけで、このころは違う女性名を名乗っていた。

 

 

フランスについて初年度、このような感じで、衝撃だらけの毎日を送る。

(もう全部書けないので、代表的な人の話だけにするね。)

 

好奇心旺盛だったため、この映画の世界のような出来事がとても刺激的であり、毎日、とても楽しかった。

 

ホームステイ先では、トラディショナルなフランスの生活や食事を学び、

スクワットの人たちとは、リアルに、アンダーグランドなフランス人の若者の生態もよくわかり、ダブルでお得。な感じ。笑

 

 

 

 

 

私は基本、

人のことを簡単に、自分の考えでジャッジしないようにしている。

 

それは、この26歳の時に、今までの人生では出会ったことのないような、個性的な人たちとたくさん出会えたおかげではないかと思う。

 

その時に感じたことは、皆、自分の信念を貫き通すことに夢中であり、自分の人生を自分で舵取りしながら生きているということ。

 

自分が心地よい、自分が行きたい道を、人の目を気にすることなく、歩んでいくことが、自分を大切にするのが当たり前の国であった。

 

だから「自由」であり、毎日が「楽しい」のだと、思った。

 

 

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かたや、ステイ先のムッシュはワインとクラシックをこよなく愛し、毎晩広いリビングでクラシック音楽に酔いしれていた。

かたや、スクワットの若者は、政治のこと、世の中のことを、毎日熱く語っていた。

そうそう、このころに出会ったレズビアンの女の子の中の一人にものすごく好かれて、一時期、甘〜い愛を語るメールが毎日のように送られてきたな〜。

 

 

 

それぞれがしたいことを、したいように夢中になる。

まんなかにはいつも「自分」がいて、「自分」が世の中の判断基準の真ん中なのだ。

 

 

 

つづく。。。↓

hisamatsuaya.hatenablog.jp

 

 

 

 

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