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あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

【久松あやができるまで】25歳・進路迷い時期編

そして、初めて勤めた会社を辞めた後に、今後をどうしようか迷う時期がある。

 

色んな人に可愛がってもらってたから、

次の仕事のお誘いもあったりしたんだけど、私は迷っていた。

 

フランスに留学もしたいけど、でも日本にもいたい気がする。

でも、どうしても、フランスに行くのにひとつの迷いがあった。

 

 

【久松あやができるまで】前回までのお話

幼少期編

小学生編

 小学生後編

★  中学生編

★ 高校生1年生編

★ 高校生2年生・留学先決定編!

高校生・デンマーク編

高校生・留年

短大生編

短大生編・衝撃的な人々・P子編 

短大生編・衝撃的な人々・W美編 

専門学校編・自信のない私 

初めての社会人編 

★ 25歳・進路迷い時期編  ←今ココ!

26歳・ドキドキのフランス生活・初日

26歳・フランスで出逢った衝撃的な人々  

27歳・親にもまだ言えてない衝撃な事件。

27~28歳・人生が大きく動き出した時

28歳・初めて自分の成長を感じた日

29~30歳・頂点からどん底へ。

32歳・結局私に残ったものは。

【もはや伝説】28~32歳・ベルギーでこんなこと言われてました!

32~36歳・実家暮らし編/どこにいても私の存在は変わらない

 

 

 

 

 

それは、私が23歳の時に初めてできた、彼の存在だった。

 

ずっと、友達だったけど気がついたら付き合ってた。っていう、

よくありがちな感じのスタート。

「ずっと愛されないかも」と思っていた私は、ここで自信を取り戻したのは言うまでもなく。

 

 

この子は、とても結婚願望の強い子だった。

しかし、当時から海外に行くことを夢見てた私は、「海外にも行きたいし、結婚は40歳になるまでする気はないから。」と、宣言していて。笑

 

 

そしてこのころは、未来に本当にワクワクしていたが、ビジョンを描いたり。ということはしたことがなく、ただ漠然とこうなったら良いな。と思い描いてた程度。

「どうせ私はそこまでは無理」って思っていたからでもある。

 

 

 

 

そして、実際に会社を辞めるていざ。という時に、とても迷った。

 

まずは、予てから行きたかった旅行をして、この時に初めてフランスに行った。

同時にかつていたデンマークと友人が留学で行ったロンドンにも尋ねていった。

 

その後は車の免と免許を取りに行った。

 

しかし旅行もして、ますます海外に行きたくなった。

 

でも、私はなかなか決断できなかった。

そこには、彼との別れがあるからだ。

 

 

 

でも結局、私はこういう結論に至った。

 

もし彼と縁がなければ、このまま日本で付き合ってても別れるだろうし、その時に「あの時に行っておけばよかった。」と思いたくはない。

そして、彼と縁があったのならば、海外に行こうがなんだろうが、一緒になるであろう。

 

ということは、

私が海外に行くことで彼とのことを悩む必要はない。

じゃあ、行こう。(でもねこの結論に至るまで2、3ヶ月かかってるけどね。)

すぐに東京の家を引き払って、実家に戻った。

 

 

 

そして、行く決断を伝えた時、この子はちょっと怒っていた。

「行ってどうすんの?何がしたいの?」

 

「ただ行きたいじゃダメなの?」と私。

 

「全く理解できない。帰ってきフランス語の先生とかやるとかならわかるけど」(今気がついた!今も昔も、このセリフ言われてる!)

 

彼にとったら私はトンチンカンなこと言ってるし、

私にとったら、彼はトンチンカンなことを言ってたな。

 

永遠に交わることのない、男女の感覚だね。

 

結局、お互いが、誰か相手ができたらその時は別れよう。という約束のもと、フランスに行くことを決めた。

 

私は自分のやりたいようにしたいし、後で誰かのせいでやらなかった。って、人と自分を責めるような人生は送りたくないのだ。

 

 

 

 

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私はこの時、フランスには行きたいけど、パリに行く気は全くなかった。

 

なぜなら、初めて行ったフランス旅行で、そこまでパリに対して何も感じなかったから。

「思ってたより、汚い街だ。モードの都はどこにある??」ってむしろ思ってしまったのだ。

 

 

でもフランス語は学びたい。

ファッション雑誌って、フランス語のものも多い。

今でこそ雑誌「NUMERO」とかは日本版もできたが、このころはフランス発行のものしかなく、私はそういうものを原語で読めるようになりたいし話せるようになりたい。と思っていたから。

 

それに、映画好きの私は、このころはフランス映画にどハマり中だったこともあり、

それもあって、フランス以外の国は、頭の中になかった。

あとなんて言ってもこの頃から日本にも上陸して大好きだった靴のデザイナー、ピエール・アルディはフランス人。

 

それもあって、フランス以外の国は、眼中になかった。

 

実は、会社員時代に、会社帰りに週一でフランス語の学校にも通っていたのだ。

 

 

 

リモワの真っ赤なスーツケースと共に、

26歳の誕生日を迎えた直後に、1月も開けてすぐに夜22時の成田のフライトで私はフランス・リヨンに旅立った。

 

 

 

続き↓

hisamatsuaya.hatenablog.jp

 

 

 

 

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