あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

私のコンプレックスはこうしてできた。

前回はこれ↓

コンプレックスからの大脱出劇 ※現在進行形ですが。

 

 

 

母親は、祖母に対してコンプレックスをとても感じている人だった。

 

祖母は本当に賢くて、頭の切れる人だったから、

「自分は。。」という思いがあったみたいで。

  

さらに、母は、自分の弟(叔父)とそのお嫁さんをとてもと崇拝していた。

 (私ももちろん大好きだが)

 

「叔父さん、そのお嫁さんは本当に素晴らしい。尊敬するわ。」とよく言っていた。

 

こんなことを言いながら母は、自分のことをとても過小評価をすごくする。

その上、父親のことを悪く言う。

 

こんな状態だから、両親共々、本気でバカにしていた。

親に対しては上から目線。(今は尊敬してるよ!当時ね)

 

そうすると必然的に私の中にはこんな思いが生まれる。

 

 

「この2人の血を受け継いだ私は、大したことない。ダメな血でできている。」

 

 

 

 

そしてさらによく母親に怒られるたびによく言われるセリフがあった。

 

「甘やかして育てたから、口答えするようになった。」

 

祖母はめちゃくちゃ厳しい人だったから、それに比べたらまだまだ甘かったのだろう。

学校の他の生徒に比べたら、ウチは十分厳しかった。

 

毎回それを言われるたびに、私は子供心ながらにこう思っていた。

 

「そんなに言うなら、もっと厳しくすればいいじゃん。自分がそうしなかったのが悪いのに、それを理由に怒るってどういうこと?」

 

なぜ、自分のとった行動の責任を子供に押し付けるのか。

母親は、自分が言い訳していることに気がついていない。

この人は、何も気づいてないんだな。なんて、子供ながらに思ってた。

 

こんな風に言われていたものだから、私はうまく育てられなかった子供。=ダメ。みたいな思いがどこかにあった。

 

 

勉強も特にしろ。と言われることもなく、母親自身が自分を過小評価するものだから、すべてハナから諦めモードで育ってきた

 だって、私の子供だから仕方ない。といった感じで。

「やればできるのに」もよく言われていて、「あなたの子供なんだから、やってもできませんし、やりませんよ!」とそこにも反発。意味分からない反抗心とともに、高校生までを過ごしていた。

 

 

 だから、

特別な気もするんだけど、所詮私にはたいそれたことはできない気もする。

 

そんな相反する気持ちの押し問答で、ずっと生きてきた。

 

 

 

 

 

f:id:hisamatsuaya:20160625160813g:plain

 

 

 

 つづく↓

hisamatsuaya.hatenablog.jp

 

 

久松あやの記事はリンク、シェア、一切自由です。

 

広告を非表示にする