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あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

コンプレックスからの大脱出劇 ※現在進行形ですが。

コンプレックスからの脱出劇

自分のストーリーを書いていたら、いろんな思いがよみがえってきた。

 

デンマークでの話も、書き溜めてるんだけど、

人生ストーリーも書いてて、途中で差し込んで行ったら、混乱するかな?と思って、

差し込むタイミングを、見計らってるところ。

 

 

自分の思いが変化するヒストリーも全部書いてたら1年くらいかかりそうだな。とか、真剣に思った。なんかそれくらい、いつもそんなことばっか考えて、私は人生生きてきたみたい。

 

まずは、私のコンプレックスを書いてみようと思った。

 

長くなるかな。(結果長文になりますた。ので切りました。)

 

 

  

 

コンプレックスって、日本語だと「劣等感」みたいな感じだけど、

この言葉通り「複雑」な思いがたくさん交差していることなんだと思う。

 

 

 

私が、デザイナーになりたかったのも、

今こうして発信してるのも、要は

「私は何かになりたい」「私というものを証明したい」「自分を表現したい」

「私」でありたい!

 

この「私」への思いが紛れもなく強いのからだ。と最近認識している。

 

こここそが、まさに私の最大の、コンプレックスなんだと思うんだよね。

 

 

 

私って一体誰なの?というところが。

 

私。という証明がない。

 

私。って誰なの?何があるの?何者なの?

 

 

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私の育ってきた家庭環境の中で「特別階級意識」を植え付けられて育ってきたと思う。

 

しかしその反対の「劣等」な部分も十分に感じながら。

 

だから自信があるような、ないような。まさにコンプレックス(複数)の思いの中をさまよってきた。

 

 

 地方の人はわかると思うけど、東京と違って田舎は人口が少ない分、目立ちやすいし分かりやすい。噂話も絶えないければ、すぐに人が繋がる社会。

 

きっとこれが東京だったらそんなことはなかったのかもしれないが、そんな地方独特の環境も相まって、地元で曽祖父、祖父のおかげで有名な一家だったがために、「私たちは特別よ。」と育てられた。

その反面、その中で生じる劣等感も感じていたが故に、私も自分の思いがどこに向いていっているのか、わからなかった。

 (その頃は自分の思いなんかも考えもしなかったけどね。)

 

 

 

だって、それは親というか、祖父の七光りみたいなものがあるから「特別」な気がしちゃうけど、裸一貫の私になったら、私には何もないんだよね。

 

  

「久松あや」としての存在だけだったら、きっと、特別に感じることは何もない。

でも特別よ。と感じて育つ。だからこそ私のアイデンティティー(=一貫した自己)が、自分でもつかめない。

 

 

そう、私はこの私の「アイデンティティ」をずっと人生で模索して生きてきたんだ。

 

 

 

 

 

 

長くなったから、切るね。

続きはここで

 ↓

hisamatsuaya.hatenablog.jp

 

 

 

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