あゝ、愛しきわが人生

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【久松あやができるまで】高校生・デンマーク編

以前までのお話

 

久松あやができるまで【幼少期編】

久松あやができるまで【小学生編】 

久松あやができるまで【小学生後編】

久松あやができるまで【中学生編】

久松あやができるまで【高校生1年生編】

久松あやができるまで【高校生2年生・留学先決定編!】

 

 

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デンマークに行った時の話とかは、また別枠で書こうかな?なんて思ってるよ。

《デンマークでの暮らし》

《デンマークでの衝撃》みたいな感じで。

 

 

なんでかというと、めちゃくちゃいろいろあったから。

 

衝撃的なこと。

価値観を覆す出来事。

 

 

きっと、今の日本から見てる北欧。は

本当に「なぜああなったのか。」がわからないよね。

 

すごくおしゃれなイメージがあると思うけど、

 

あれも生活に必須だからそうなっている。

今ある生活を楽しむようになっている。

 

実際の北欧って、すっごく地味よ。

質素。素朴。

(大概ヨーローッパの国は日本が考えてるよりも遥かに素朴で質素だと思うけど。)

 

バブル真っ盛りの日本で育った私には、何もかも新鮮だった。

もう、そこも驚くほど衝撃だったんだけどね。

 

  

まずね、言わずもがな、デンマークに行って本当にたくさんの衝撃を受ける

 

 

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私は16歳だったけど、学校のシステムがまた日本と違って、

小学校~中学校までなのが一般的で、9年生まである。

 

私は16歳の時に、15歳(9年生・私含めて7名)のクラスに入った。

まず、軽くいうと、1年間にあったこと。

※これはあくまで1993年当時の話で今はまた変わってきてる。世界的にもそうだしね。

 

 

  • 小学校に喫煙所/バス停で明らかに小学生が大人の横でタバコ吸ってる。
  • 学校でコンドームが配られる/つけ方のビデオも観る。
  • 修学旅行は保護者の同意の元、飲酒。(修学旅行先がこれまた共産主義が終わったばかりのプラハ。黒ビール飲みツアーが修学旅行のメインw 先生も一緒に泥酔w)
  • 1学年の一区切りが、生まれた年ごと(日本は4月から。のくくりだけど、こちらは1月1日から12月31日までが同じ学年。分かりやすい)
  • 90歳のおばあさんと17歳の高校生に露骨に差別される(日本は異常に差別禁止!なんて国じゃない?あ、いいんだ。って思ったよね。)
  • 自分の国はいかに素晴らしいか。他の国は敵。という教育の仕方。(日本はその逆の教育じゃない?他の国はこうなんだ。って思ったよね。)
  • 敬語の概念がない。先生もタメ語で呼び捨て。友達感覚。
  • テレビの番組2つだけ(しかも、放映は夕方からのみ。それまで砂嵐。
  • クラスに貼られてた世界地図の日本が一番右にある!(だからFar eastって言うのかぁ。って初めて分かった。)

 

 

 

これだけ読んでだけでも、

日本での概念、崩れるでしょ?

思春期の私には、それはそれは、驚きでしたよ!

 

 

と、同時に、やっぱりな。と思った。

 

日本で「ダメ」と言われていることも、

国が変われば「ダメ」なことではない。

 

その逆もまた然り。

 

 

この世には、

「良い。」とか「悪い」とかってルールはないんだな。と。

 

長年日本で育ってきた中にあった違和感が、ここでやっと腑に落ちる。

 

親が言っていたのはあくまで

「日本で生きて行くため」に正しいと「思って」「日本での法律」や「日本での常識」に乗っ取って言ってるだけのこと。

 

だからそれが全てではない。

 

それを私がどう捉えても良いんだな。と。

 

 

 

この時ね、このAFSの日本支部の大学生から、留学前にこんなレクチャーがあった。

 

「留学すると、□だと思ってたものが、◯に変換されるよ。」って。

 

 

でも、私が実際に感じたことは、

 

□が、◯に変換されるというのではなく、

 

 

「□が◯にもなるし、◯が□にもなるんだよ。

 そしてね△もあってね、どれでも良いんだよ。」

 

 

 

この時から、「自分の判断が一番」という思考になった。

 

人が決めた価値観は、所詮、他人のモノ。

 

私の世界でのモノではない。

 

この世で絶対的なものはない

 

私は私の中の経験で良し悪しを経験で知っていけば良いんだ。

 

経験から学んで、自分で決めよう。

 

 

ま、言い換えれば、日本の社会において、ますます頑固にもなっていったんだけどね。

(人の言うこと納得しないと聞かないからw)

 

 

 

そんな気づきを16歳から17歳で得た。

  

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そして、今でもこの1年は、

今の私を成形するのに、ものすごく大きなものになったと思っている。

 

 

続き→ 久松あやができるまで【高校生・留年編】

 

 

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