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あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

【久松あやができるまで】高校生1年生編

高校生の話は、どこからどう書けば良いのか。

本当にいろんなんことがありすぎたからね。

 

 

久松あやができるまで【幼少期編】

久松あやができるまで【小学生編】

久松あやができるまで【小学生後編】

久松あやができるまで【中学生編】

 

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まず、私が入った高校は、

中学校と同じ高校(共学)で、

私たちのクラスは中学からの持ち上がりクラスの女生徒だけのクラスだった。

 

担任も中学3年の時の先生が一緒にやってきた。

 

まず、高校1年生の時に、

「AFS」という、留学ボランティア団体を叔母から教えてもらって、私は知った。

元々アメリカ発祥の団体で、当時は23カ国から行く国が選べた。

 

 

詳しくはこちら↓

www.afs.or.jp

 

 

 

高校1年生の時に、まずこの試験を受けたかった。

 

ある日、担任のJ先生に頼みに行ったら

「これは成績の良い人が受けるものだから。」と願書を書くのを拒否された。

 

 

この担任(男・独身)、バツが悪かったのが、

ちょうど私が中学3年の終わりの頃に、この先生は生徒に手を出す。と噂があり、

皆が気持ち悪がってた。

 

実際に特定の生徒は贔屓するし、

当時から10年経った時に、その当時の生徒と卒業してから結婚して、今は晴れて家庭持ち。

そんな先生だった。

 

そして、中学3年生のある日、このJ先生の授業を無視しよう。みたいな、

先生いじめみたいなことを誰かが言い出し、(これにも理由はあったのだが省くね!)

クラス全員が、それに参加した。

 

その時、私は学級委員長だったこともあり、

結局副委員長と一緒に担任の先生に謝りに行かせられた。

この時J先生は涙ぐんで「もういいよ~」とか言ってたんだけど、

全然彼の中では終わってなかったんだよね。

 

私がこの先生いじめの主犯格だと勘違いされて、それ以来、

目に見える形で嫌われていたんだよね。

 

 

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そして、願書の件。

 

 

どうしても試験を受けたかった私は頼んだが、「書けない。」の一点張り。

 

もうこれは、権力を使うしかない。と、

祖父に頼んで、校長経由で、この担任に願書を渡してもらったw

 

そしたら担任大慌て。

「でも、受けても受かるかわからないよ。」とか、

どうでも良いことを言ってくる始末。

 

「受けるのは私なので、とにかく願書を書いてください。」と頼んで、

やっと書いてもらった。

 

 

 

これって、日本の学校の悪いところだよね。

なんか、今思い出したら腹が立ってきたわ。

 

生徒の可能性を先生がまず、潰すという。

 

本当に今思っても、これがまかり通っていたのがおかしな話だと思う。

 

 

 

でもね、この先生の私嫌いは、高校1年の終業式まで続き、

私よりもテストの点が悪い人がいるのに、成績「1」をつけられた。

 

高校1年生最後の終業式は欠席で、

一人広い会議室で追試テスト受けさせられたりしたんだよね。

 

「これが受からないと、2年生のに上がれないよ!」とかなんとか言って。

 

学年10クラスもあるのに、なんで私だけ?みたいな。

 

そんなこともありましたな。

 

 

 

そして、無事に留学のテストを受けられることになった。

この留学のテスト自体、泊りがけでのテストだった。

名だたる名前の高校生がたくさん来てるところだった。

当時は受かるのが難しい。とされていたのだが、行って納得。

 

学習院、早稲田、慶応。

田舎の私でも知ってるような学校の人が当時はいっぱいいた。

 

 

 

 

そしてね、留学テストの時にも一つ学んだことがあって、

合宿テストは10人くらいのグループになってたものだから、

グループ内の人は連絡とったりし合ってた。

でも、私のグループは、10人中9人が合格で、私は補欠だったの。

 

次期合格者。みたいな位置。

成績で引っかかったらしくw(やっぱり!)

 

その後この9人は集まったらしいんだけど、

一人不合格で私を傷つけたら悪いから。って、

わたしは皆で集まる時に呼ばれなかったんだよね。

 

なんでそんな気遣うの?って当時思った。

 

「受からなければ来年受ければいいし」くらいの気持ちでいたしね。

 

勝手に周りが気をつかう。そのことの方がショックで。

普通にしてれば良いじゃん。って。

行くか行かないかは私が決めることなんだから、声くらいかけてくれればよかったのに。って思った。

 

私の中学からの友達は、そういう意味では皆アッケラカンとしてたし、

それが当たり前だと思っていたから。

 

ずっと同じ環境にいるとそれが当たり前になるから、

ちょっと違う対応されると、「??」って思うものだよね。

 

 

 

でもこうやって人間は成長していくものなんだよね。

 

 

 

 そして高校2年生にもなる頃に

「受からなかったら歯医者にでもなるために勉強する。」って言い出したらしい。私。笑。

 

そんな、違う道を決めたせいか、(手放すと入ってくる法則だよね。)

 

留学は8月からだったからもう諦めてた矢先の高校2年生になった4月頃に、

AFSから電話が鳴った。

 

「ノルウェーに決まりそうです。」

 

 

家族一同、びっくりした!

 

 

まさかのムンクの生まれた、ノルウェーに留学!

 

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。。。。。つづく

 

 

久松あやができるまで【高校生2年生・留学先決定編!】

 

 

 

 

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