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あゝ、愛しきわが人生

自分の人生が心底愛おしいと思えたら、この上なく幸せだ。そんな人生を愛するヒントを書き綴る。そして人生を楽しくしたい人に贈る。めんどくさいのはヤメ!何でも面白がって笑ってやろう!時々婚活応援も!

【久松あやができるまで】中学生編

久松あや・ヒストリー

前回までのお話はこちら↓

久松あやができるまで【幼少期編】

久松あやができるまで【小学生編】

久松あやができるまで【小学生後編】

 

 

 

私は中学校は私立の1学年2クラスしかない、女子校を受けた。

 

2週間の短期留学のプログラムがある、学校に。

 

そしてなぜか、入学式の代表の挨拶に選ばれた。

 

入学式の前に、隣のクラスの代表のS子ちゃんと二人である時学校に呼ばれた。

 

その時に当時の教頭先生に「どんな友達が欲しい?」ときかれ、

 

私はとっさに「かわいい子!」と答えた。

 

この後、家に帰る車の中で母に「さっきのあなた、失礼でしょ。」って言われた。

 

素直に答えただけだったのに、???となってた私。

 

実は、その時一緒に代表で呼ばれたS子はお世辞にも可愛い。と言える見た目ではなかった。

 

(現在彼女は、整形(と、当時の同級生たちは口を揃えて言う。写真見たけど私も本人か分からなかった。)か ものすごいメイクの進化でで生まれ変わって劇団員か何かになってた。)

 

この時に、発言をする時は一緒にいる人の状況を考えた方が良いんだな。ということを学ぶ。

 

それ以来、発言する時はある程度、気遣うようになる。

 

そして、確かに今でも「かわいい人」は好きだから、

あの時からそうなんだな。と、これを書いてて思ったよ。

 

 

あの当時の私のアイドルはウィノナ・ライダー。

本当に、今見ても綺麗すぎる!

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私は小学校の時までは目立つ存在では一切なかった。

 

そんな私に転機が訪れたのは、中学校が始まって間もない頃。

 

ある日のホームルームで、(何を決めていたのか、さっぱり記憶にないのだが)

 

皆が引き受けなくて、なかなかコトが運ばない時があった。

 

先生が「誰がしますか?」とか言っても、皆、シーーーン。

 

なんで誰も何も言わないの?面倒だな。と思い、「私、それやる!」と言ったら、

 

クラス中がざわめいた。

 

そこからなぜか、「いい人」と意外にも言われ始めた。

 

この時からなぜか一番クラスで目立ってたMちゃんと仲良くなる。

 

そこから彼女と一緒に学級委員長・副委員長とかやるようになった。

 

(今でも仲良し。結婚式でスピーチ頼んだくらい)

 

隣のクラスの学級委員は成績がトップクラスだったのに、

私は成績が良い方ではないのに、

そういうことをやるようになり、とても面白い生活になっていった。

 

小学校までは「成績の良い子」がリーダーになる。のが常識みたいな感じだったけど、

この時、学級委員は成績が良い人がなるものという概念が私の中で覆った

(成績順でクラスを分ける授業があって、私はいつも下のクラスだったしね。)

 

そして、

クラスの尖った子から大人しい子まで、皆と仲良く過ごしてた。

 

そして、このころの友達とは今でも仲良しだし、小学生の時はいじめとかもあったりしたから、私立を受験してよかったと思う。

親に感謝だね。

 

 

この学校の短期留学条件は、英検4級を取ることだった。

 必死に勉強をし、中学1年が終わる春休みにはアメリカに2週間の留学を無事にした。

 

  

中学の思い出はたくさんあるけど、そこまで人生を変えるほどの大きな出来事は、これくらいかな。と思う。

 

 

 

さて、次は高校生。

 

ここから、私の価値観を変える出来事がたくさん起こり始める!

 

先に言っておくと、私は高校生活を4年も過ごした。

 

高校2年生をやり直したからだ。

 

そのワケは、、、、、、。

 

 

つづく

 

 

久松あやができるまで【高校生1年生編】